今井眞一郎テオドール＆バーサ・ブライアン卓越教授インタビュー・後編
2024年7月9日
37年以上にわたり老化・寿命研究の最先端を牽引し、サーチュイン※と抗老化物質「NMN」（ニコチンアミド・モノヌクレオチド）の重要性を世界で初めて発見したワシントン大学の今井眞一郎（いまい・しんいちろう）テオドール＆バーサ・ブライアン卓越教授（環境医学）（以下、今井卓越教授）によるセミナー「NMNを中心とする健康長寿社会の未来」が2024年6月3日に東京都内で開催されました。
今回で4回目を迎えるセミナーのテーマは「抗老化科学を生かした活力ある生活のビジョン」。セミナーでは、老化・寿命研究について、これまでに明らかになっている科学的知見をどんなふうに日々の生活の中に生かしていくかについて講演した今井卓越教授にお話を聞きました。
※サーチュイン：老化・寿命の制御に重要な役割を果たし、カロリー制限で活性化される酵素の一種。
––––定期的に運動をすることでNAD（ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド／生命活動に必須の物質）が増えるというのも今日から実践できるのでいいなあと思いました。
今井眞一郎卓越教授（以下、今井）：視床下部背内側核（DMH）に存在する特定の神経細胞群が、視床下部と白色脂肪組織の間のコミュニケーションをつかさどり、eNAMPT（細胞外に分泌されるNAMPT）の分泌を促し、老化と寿命を制御していることが明らかになりました。
「Ppp1r17神経細胞」と呼ばれる神経細胞が交感神経の働きを強めることによって、NADの合成にとって重要な酵素であるeNAMPTを血中に分泌させます。eNAMPTは血中をめぐって視床下部に到達し、特定の領域のNAD合成を上げる働きを持っています。視床下部と脂肪組織の間に、交感神経系とeNAMPTからなるフィードバックループが働き、このループが働くことで老化・寿命の制御が行われる、ということが分かりました。しかし、Ppp1r17神経細胞の働きは加齢で低下するので、脂肪組織から分泌されるeNAMPTの量も減ってしまいます。
一方、マウスとヒトでも運動によって血中をめぐるeNAMPTの量が増えることが分かってきました。ヒトに関しては、オーストラリアのグループが論文を発表しました。実は、「プロダクティブ・エイジング研究機構」の研究室でも、マウスにトレッドミルを走らせて調べてみると血中のeNAMPTの量が増えることが分かりました。
––––運動の種類やタイミングは関係あるのでしょうか？
今井：少なくとも、eNAMPTに関する限りはキツい運動は必要なく、ウォーキングを20分や30分程度するくらいで良いと思います。時間帯も「この時間帯にやりましょう」というのはないのですが、夜遅くに運動しても交感神経系のトーンがだんだん弱まってくると、eNAMPTが出なくなってくるので、夕方くらいまでが良いのかなとは思います。
––––脂肪を減らしすぎないようにというお話もありました。
今井：「小太りくらいがちょうどいい」というお話をしましたが、実は人間は死ぬ前に脂肪がガーッとなくなってくるんです。マウスだと24ヶ月齢からそういう現象が始まります。脂肪が急激に減っていくのは死へのプロセスなのですが、実はなぜ急激に脂肪が減るのかというのはよく分かっていません。
私たちもその研究をしているのですが、一つだけ分かってきているのが、中枢の働きがあって、Ppp1r17神経細胞の活性を保つようにすると体重の減り方が緩やかになって脂肪が保たれる方向に向かいます。脂肪が保たれる以外のところで何が起こっているのか分からないのですが、やはり中枢からの刺激というのが重要なのではないかと予想しています。
だから無理なダイエットをして脂肪を極端に減らすのは避けたほうがいいということです。日本の場合、特に問題なのが、女性でBMIが20を切るような方が結構いらっしゃるのですが、そのままお年を召すと死亡率が急激に高くなります。いろいろな疾患にかかって亡くなる可能性が高くなるので、年を取れば取るほどある程度の、小太りくらいの脂肪を保つようにする必要があると考えています。
