ワシントン大学今井眞一郎教授インタビュー・後編

2023年1月27日

NMNと老化と希望と…今井教授から超高齢化社会を生きる私たちへのメッセージ

35年以上にわたり老化・寿命研究の最先端を牽引し、サーチュイン※とNMNの重要性を世界で初めて発見した、ワシントン大学医学部の今井眞一郎(いまい・しんいちろう)教授。11月15日に都内でリアルとオンラインでセミナー「NMNを中心とする健康長寿社会の未来 老化・寿命研究の最前線」を開催しました。

人生100年時代と言われ、超高齢化社会・少子化に突入している日本。老化や健康寿命に対する関心が高まる中、私たちはいかに生きるべきなのでしょうか? 今井教授に伺いました。

※サーチュイン:老化・寿命の制御に重要な役割を果たし、カロリー制限で活性化される酵素の一種。

今井教授の老化・寿命研究の原点

--2021年7月に今井教授が上梓された『開かれたパンドラの箱――老化・寿命研究の最前線』(瀬川茂子構成・朝日新聞出版)も拝読しました。医学部時代、「研究で生命の根本原理を解決できたら、何千、何万の人を救うことができる」という講師の先生の言葉で研究者になる決意を固めたということですが、今井教授の研究の原点と言いますか、老化・寿命研究に突き動かすものは何でしょうか?

今井眞一郎教授(以下、今井):それは二つあります。一つは、純粋に生物が現在ある形になっているその仕組みを純粋に知りたいと言う好奇心。まさに「パンドラ」と一緒です。中でも、現時点では「不老不死」はありえない、限界があるとされているわけですが、どんな理由で生が限られているかということを知りたいと思っています。

もう一つは、哲学的、倫理的な観点で、生物学的、遺伝学的な理由があるとして、その中で限界がどこでくるのか、いつくるのかを知ることによって自分の生を最大限によりよく生きることが大事だ、という考えです。単に長生きすればいいと思っているわけではなく、限りがあっても、生きている間は目いっぱい幸せに楽しむことが大事で、それを科学の力で達成したい。それが強い研究の動機となっています。

まとめると、一つ目は純粋に科学者として生物の仕組み、特に老化の仕組みを知りたいから。二つ目は、社会が超高齢化社会に突入して、これからの人間の生き方を考える上で老化・寿命研究がますます重要になってきているから、ということです。

お話を伺った今井眞一郎教授

超高齢化社会を幸せに生きるために大事なこと

--超高齢化・少子化の社会でどのように生きていくのかというのは、今を生きる私たちみんなが考えていかなければならないことですね。

今井:日本で暮らす人の意識を変えていく必要があると思っています。日本は病気になってもすぐに病院に行って診てもらえるのが当たり前の社会です。アメリカでは初診で予約すると、診察が3、4ヶ月先になるのはよくあることです。日本は国民皆保険によって手厚く守られているすばらしい国なのですが、普段の生活で「ああ、私は皆保険制度に守られているなあ」としみじみと感じる人は少ないでしょう。しかし、アメリカに住んでいるとそのありがたみが100倍くらいよく分かります。

では、そのすばらしい日本の仕組みを保ちながら超高齢化社会を生き抜いていくためにはどうすればいいでしょうか? 高齢者の方々は病態を複数持っていることが多くあります。例えば、「リウマチや高血圧で肺が悪い」など。でも、一つ一つの病態に新薬を投与していたら、あっという間に医療財政は破綻してしまいます。複数の病態の根本にあるのは老化なので、老化に対して人為的に積極的に介入することで疾病が起こることを予防するのが大事です。これが現在、世界の主流の考え方になってきています。

では、「どう予防していくか?」なのですが、予防は個人の努力や意識によるところが大きいので、それに合わせて医師も変わっていかなければいけないと考えています。

余談になりますが、医学部の学生に対して「これからの医師の姿は治療が主ではなく、健康な人の体のいろいろなデータを見て、予防のためにコンサルすることなんだ」と伝えています。病気にならないためにどうするかを科学的にコンサルすること。そのために科学的に解析されたデータを読み解き、厳密に実証されていて手に入る薬や物質を使っていくこと。医療費を下げつつ予防を果たすことが重要な課題で、そのコンサルタントとして活躍するのが医師の主な役割になるだろうと話しています。

体が悪くなってしまった人を見て治療を考えるのではなく、悪くなる前にどうするかを考えるのが医者の役割になる。そのためにNMNが重要な役割を果たすだろう、と考えています。そういう物質は世の中にたくさんあるわけではありません。

例えば、日本では「バファリンA」に含まれているアスピリンですが、アメリカでは81ミリグラム錠が「ベビーアスピリン」として売られています。日本でこの用量のアスピリンは処方箋なしに買うことはできません。高齢者で副作用が出るケースが報告されており、万人によいわけではありませんが、心血管疾患のリスクを下げる、大腸癌のリスクを下げるなど、いろいろな臨床治験が積み重ねられ、その効果が確実に実証されています。このように予防のためには、臨床治験で確実に実証された薬や物質が、オーバーザカウンターで、医師の処方箋がなくても薬局で購入できる製品として手に入ることが大事です。そういう意味で、セミナーでお話した「プロダクティブ・エイジング」の要諦は予防医学である、と考えています。

NMNと希望と…私たちが次の世代に伝えていかなければいけないこと

--今井教授の35年以上の老化・寿命研究の歩みを伺って、基礎研究や研究者を育てていくことも大事だと思いました。

今井:「研究者の育成」は私が代表理事を務める「一般社団法人プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA; 通称アーパ)」でも頑張っているところです。日本の若い研究者の中から世界的なリーダーシップの取れる人を育成することが、今後の日本の未来の発展につながっていきます。

サイエンスというのは国に余裕がないとできません。今の日本はその余裕を失いつつあるように見えます。では、日本でいつ余裕を取り戻せるのかというと、ふくれ上がった老齢人口が減少した後だろう、と思います。私は大体50年後と予測していますが、そのタイミングで日本は再び活性化のサイクルに入ると予想しています。逆に言えば、50年後の布石を今打たないといけないということです。今の親世代を啓蒙して、お子さん世代に伝えていく……。日本が今、こんな状態になっているのはバブル時代にリーダーシップを育てる努力をしなかったためだと思います。だから経済も政治もサイエンスも、世界的なリーダー不在になってしまいました。

そして私を含めていずれいなくなる世代ができることは、自分のことばかりを考えるのではなく、自分たちが学んできた人生の知恵や技術を次の若い世代にきちんと伝えていくこと。そしてただNMNを与えるだけではなく、科学的な革新によって「パンドラの箱」の逸話にある「希望」を見いだしていくことなんだと思います。

プロフィール今井眞一郎 教授
1964年東京都生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大大学院修了。医学部生の頃から細胞の老化をテーマに研究。1997年渡米、マサチューセッツ工科大学にて老化と寿命のメカニズムの研究を継続。2000年、サーチュインによる老化・寿命の制御を発見。2001年からワシントン大学助教授、2008年准教授、2013年から現職。老化•寿命のメカニズムの研究、およびNMNを中心とした抗老化方法論の研究を牽引する。

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