今井眞一郎教授セミナー・前編

2023年1月20日

“ピンコロ人生”を送るために…
NMN研究の最前線と今後の可能性

「人生100年時代」と言われ、超高齢化社会に突入している日本。老化・寿命研究に注目が集まっている。

そんな中、35年以上にわたり老化・寿命研究の最先端を牽引し、サーチュイン※と抗老化物質「NMN」(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)の重要性を世界で初めて発見した、ワシントン大学医学部の今井眞一郎(いまい・しんいちろう)教授(以下、今井教授)によるセミナー「NMNを中心とする健康長寿社会の未来 老化・寿命研究の最前線」が2022年11月15日に都内で開催された。

抗老化作用を有するとして注目されているNMNの役割は?最新の研究結果も交えながら発表されたセミナーの内容を一部抜粋・編集してレポートする。

※サーチュイン:老化・寿命の制御に重要な役割を果たし、カロリー制限で活性化される酵素の一種。

“ピンコロ人生”を送るために

老化・寿命研究の第一人者として世界的に注目される今井教授が老化と寿命の研究を進めてきた目的は、「多くの人が健康寿命を延ばして、『プロダクティブ・エイジング』を実現できるようにするため」という。超高齢化社会を迎えて今後起きるであろう経済的・社会的な問題にどのように対処するかが重要な課題になる。

今井教授が強調する「プロダクティブ・エイジング」とは何か?

「プロダクティブ・エイジングとは、私たちが年を取った時に、精神的にも肉体的にも健康を保持し、個人の生活においても社会に対する貢献においても生産的な生活を送ることを目的とした生き方です。日本語に言い換えると、しっくりくる言葉があります。それは、『ピンピンコロリ』です。では、どうすれば『ピンコロ人生』が送れるのか? これを目指して長年にわたって研究を進めてきました」

「老化」が起きるメカニズムは?

体内ではビタミンB3を材料にNMNが合成され、NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)という補酵素に変換される。NADは、老化や寿命を制御すると考えられる酵素「サーチュイン」(哺乳類には7種類ある)を活性化するが、加齢とともに減少することがわかっている。

「私たちは、NAD量の減少により、さまざまな臓器の機能が低下し、老化に関連する疾患を引き起こす原因となっていることも突き止めています。そこで、有効なのが不足するNADを補充しようという考え方です。この方法で重要となる物質が、体内でNADに変換されるNMNです」

今井眞一郎教授

NMNが注目を浴びたきっかけ

NMNは、2016年に今井教授らが国際的な医学専門誌に発表した論文により、少なくともマウスにおいては顕著な抗老化作用を示すことが分かり、世界で爆発的にNMNの研究が行われるようになった。以来、膨大な量の研究が発表され、少なくとも動物のレベルでは明らかに抗老化作用があり、糖尿病、アルツハイマー病、心不全、そして、動脈硬化といった加齢に伴って起こってくる疾患に非常に顕著な改善作用があることが次々と明らかにされた。

ヒトへのNMN投与で分かったこと

動物試験で抗老化作用が実証されたNMNは、ヒトへの臨床研究の段階に進んだ。2021年4月に世界初のNMN臨床試験に関する論文が米科学誌「Science」のオンライン版に掲載され、大きな話題を呼んだのは記憶に新しい。ワシントン大学医学部のサミュエル・クライン教授、今井教授の共同研究の成果だ。

「閉経後で肥満あるいは過体重の糖尿病予備軍の女性25人を対象に、1日250㎎のNMNかプラセボ(偽薬)を10週間投与したところ、NMNを摂取したグループのNAD量が上がりました。また、私たちの運動に必要な骨格筋(筋肉)のインスリン感受性が25%上昇しました。これは、体重を10%落としたときのインスリン感受性の改善に匹敵します。つまり、70キロの人が7キロ落としたときに匹敵するのです」

今井教授によると、インスリン感受性が上昇したのは骨格筋のみで、肝臓や脂肪組織におけるインスリン感受性には変化がなかったという。なぜ骨格筋のみで上昇したのかは研究中だ。

この臨床試験で、さらに興味深い結果も明らかになった。NMNを摂取したグループで、骨格筋の再生を促す遺伝子の働きが高まったのだ。ヒトへの抗老化作用が完全に証明されたわけではないが、どんなメカニズムでこのようなことが起こったのかを研究中だ。

現在はアメリカ国防省の研究資金提供のもと、男性及び女性の被験者を対象にした臨床試験を行なっているといい、今井教授は「来年あたりに研究成果をお伝えできればと思います」と力を込めた。

プロフィール今井眞一郎 教授
1964年東京都生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大大学院修了。医学部生の頃から細胞の老化をテーマに研究。1997年渡米、マサチューセッツ工科大学にて老化と寿命のメカニズムの研究を継続。2000年、サーチュインによる老化・寿命の制御を発見。2001年からワシントン大学助教授、2008年准教授、2013年から現職。老化•寿命のメカニズムの研究、およびNMNを中心とした抗老化方法論の研究を牽引する。

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